旅のとちゅう

~ 記憶 から こぼれがちな、日々の記録 ~

今週のお題「私のタラレバ」  子供がいたら・・・

今週のお題「私のタラレバ」

 

タラレバっていわれて、やっぱり一番は、あれ。子供。

子供を生んでおけばよかったな。

 

親になるのが怖かったっていうのもあったかな。

実家がちょっと特殊な家だったし、

実質的な意味で親に大切にしてもらった気がしない。

道徳の時間に教わるようなアレで「親に感謝しましょう」とか

「親を大切にしましょう」「家族は仲良くしましょう」という感覚はあるけど

実質的な意味で、そんなこと感じたことないっていうか。

親はともかく兄弟はっていうと、またこれが・・姉の事が大嫌いだったんだな。

血がつながっているっていうのがね、そういう感覚に縛られるのが気持ち悪かった。

 

でも子供っていう生き物自体は好きだったし、

いよいよ産めるタイムリミットが迫ってきたあたりで、

産みたいっていう気持ちもあったよ。

 

何年か前に割りと良く育った子宮筋腫(漿膜外)があることが判明して、

見つけてくれた先生には、すぐに手術した方がいいと手術の予約を薦められた。

不妊の原因だよ、と言われて、

 

ああそうか、そうでなくても不妊だったのかもなーと

漠然と思ったものだ。

 

漿膜外筋腫っていうやつで、子宮の真上に覆いかぶさって乗っかっている感じだった。

子宮はもちろん、その下の臓器も圧迫するから便秘にもなるだろうし、良い事ないよ。

子供欲しかったら取った方が良いよ、とかなり手術を勧められた。

 

結局、手術はしなかった。

痛くもかゆくもないし、多少、生理は重かったけども

出血多量といわけでもなく。出来た場所が良かったのかも。

今でも不正出血は続いていたりするから、不快といえば不快だけど閉経とともに

小さくなるって聞いたら、あえて切る必要ないんちゃうん?

それに子供生むことは、どう考えても一生無いなと思ったし。

入院保険とか入ってなかったし。健康保険だけじゃーね・・・。

 

あんまり手術を勧めるので、いい加減めんどくさくなって、

「いや、子供は出来ないと思いますので」ってハッキリ断った。

「まだ若い?んだし大丈夫だよ、(筋腫を)取れば産めるよ」

50代くらいの先生だったけど、えらい軽い感じで言うので、

うっかり、じゃーお願いします!って言いそうになったが、やっぱり断った。

 

だって、たぶんもう30代になる前くらいから

夫とはセックスレス。そら、逆立ちしたって、子供できんわ。(笑)

 

原因は何だったんだろうなー。結婚する前とか、結婚してしばらくはあった(笑)

私がちょっと病んでいたからかな?

仲良し夫婦で、くだらないことはいくらでも話せるけど、

こと、これに関しては私から話題にできない。なんでかなーと思うけど

言葉に出せない。

 

流れ的に、これでいいやと思ってきたけども、

今となって、子供がいたらなあって思うことがある。

今の精神状態だったら、育てる自信もある気がする。

何より、義理の両親が、本当は寂しかったんだなあっておもうと

やっぱり申し訳なかったなと思う。

 

自分の年齢も上がってきたので、

必然的に親の年齢もあがってきて・・・数年前には義理の父が癌になった。

義理の両親は幸い今でも元気だけど、この先も

孫をみせてあげられないなあ・・っていう後悔。

実の両親に対してはまったくそんな気にはならないんだけどな。

 

夫の実家は直系の家じゃなかったからか、私たちが結婚した直後に

夫婦で入るお墓をたててた。菩提寺はここで、お墓はこれね、

案内してもらった当時は、子供はきっと普通にできると思ってたんだけど。

 

あの墓、誰が守っていくことになるんだろう・・。

 

子供がいたら良かったのになあ・・・って

今更だけど、思ったりする。

まあね、1人で頑張っても産めないから、責任の半分は夫にあるけど

 

たぶん、そういう決断をさせたのは、私なんだろうなと思うんで、

仕方ないなーと思うんだけどね。